濱沖敢太郎のブログ

濱沖敢太郎(教育学)のブログです。主に研究教育のメモとして使おうと思っています。

2021年度 教育社会学概論 オリエンテーション資料(仮)

先週時間を費やしたものをアップロード。

 

もう少しブラッシュアップしたいけど、おおよそこんなところかな。

 

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1. 論文のつくり方

・卒論を含む学術論文は「正しい知識(真理)を新たに提示する」文章です。

・そのために「先行研究」「問い」「主張」の3つの要素を適切に組み合わせる必要があります。

・組み合わせが適切かどうかは、「既存の真理にどれくらい修正を求める問い・主張なのか」「修正を求める真理が、既存の様々な真理の中でどれくらい重要なのか」「問いから想定されうる複数の主張の中で、自らの主張を採用し、かつ他の主張を退けるべき理由をどれくらい示せているか」という3つの基準に即して判断します。以下、詳しく説明します。

真理を修正する強度

・実は「正しい知識(真理)を新たに提示する」作業自体は、学術論文でなければ誰にでも簡単にできます。e.g. 「今僕が食べたいものは大福だ、どうだ誰も知らなかっただろう!」

・ですから、より正確に言うと、学術論文で扱うのは正しいかどうかが議論の対象になるような知識に限定されます。

・議論の対象になるというのは、端的に言うと「〇〇は本当に〇〇と言えるのか」ということです。ですから、学術論文は既存の真理に対する否定的な疑問=問いから出発する文章ということになるわけです。

・しかし、議論の対象にすべきかどうかは人によって考え方が違うこともあります。このため、疑問を投げかける相手=既存の真理を提示してきた先行研究の書き手に対して、自分の問いが先行研究にとっても重要である理由を説得的に示す必要があります。

・その基準となるのが、既存の真理を修正する強度です。たとえば、「子どもが大学に進学するかどうかは、親の収入に左右される」という知識を考えてみましょう。これに対して「親の収入は見かけ上の問題で、本当は親の大学進学経験に左右されているのではないか(収入は大卒-高卒の賃金格差)」「これまでは収入の多寡を450万円(中央値)を基準に2つのグループで考えていたが、550万円(平均値)を基準にしたら親の収入の影響はなくなるのではないか(これまでは基準が低かったので特に経済的にしんどい層の影響が低収入グループで目立ちやすかった)」という二つの疑問があったとします。元の知識を修正しようとする点では同様ですが、前者が収入の影響を一切否定するのに対して、後者は必ずしも収入の影響を否定していないという点で、前者の方がより元の知識の修正として重要です。補足すると、前者は「450万円を基準にした知識」も含めて一切否定する=元の知識と新しい知識が両立しないのに対して、後者は異なる基準を用いた知識として、元の知識と新しい知識が一応両立するという点で、前者の方が既存の知識に対する修正の度合いが強いわけです。

修正しようとする真理の重要度

・ただし「先行研究と問い」の組み合わせについては、知識の内容そのものとは別にもう一つの基準があります。それは修正しようとする真理に対する関心の強さです。これまで、2本の論文でしか真偽が議論されなかった知識よりも、5本の論文で議論されていた知識の方が、それを修正する影響が大きいですよね。あるいは議論されてはいなかったけれど、10本の論文で自明=正しいとされていた知識があれば、それを修正することの影響はより大きなものになるでしょう。

・ここまでの説明で注意してほしいのは、2つの基準が「先行研究と問い」だけでなく「先行研究と主張」の組み合わせの適切さにも関わる基準だということです。既存の真理に対して「〇〇は本当に〇〇と言えるのか」という否定的な疑問を投げかけるときには、すでに「本当は××(or△△)なのではないだろうか」という新しい主張が、明瞭かどうかは別にして含意されているはずです。

特定の主張を採用すべき論証の強度

・しかし、論文をつくるには、既存の知識に適切な「問い」を投げかけるだけではダメで、その疑問を自分で解かなければなりません。その際、「問い」から「主張」に至るまでの解き方=論証が、適切になされているかどうかということが問題になります。

・その判断の基準となるのが、複数ありうる「主張」の中から特定のモノだけを採用する根拠を示せているかどうかということです。「本当は〇〇ではなく、××ではないか」というときにはすでに2つの主張が可能性として示されているわけですから、そのうち1つを選ぶべき根拠を説明しなければなりません。実際の論文においては、検討しなければいけない主張がより多くあると思ってください。

・言い方を変えると、学術論文においては、主な主張(結論)が先行研究と違わなかったとしても即アウトにならないということです。「本当は〇〇ではなく、××ではないか」と問う場合に、この××の可能性について先行研究が検討していなかったとしましょう(つまり、先行研究が「△△ではなく、〇〇だ」と指摘しているような場合です)。そうすると、この論文は「△△ではなく、さらに××でもなく、やはり〇〇と言えるのだ」という補強(これも立派な修正です)を先行研究に対して行えたことになるわけです。

・よくある、しかし本人が気づきにくいNGは「□□という理由で、××である」と論証しようとしているけれど、「同じく□□という理由で、〇〇(or△△)であるとも言えてしまう」可能性を否定できていないパターンです。再び「子どもが大学に進学するかどうかは、親の収入に左右される」という知識を取り上げて、具体的に考えてみましょう。これを検証すべく、鹿児島県で100名にアンケートをとり、親の収入と大学進学との関連を調べた結果、両者に関連が認められないという主張に至ったとします。ここでは一応根拠がきちんと示されています。しかし、このアンケートがそもそも進学率の高い高校の卒業生を対象としていた場合、進学率の高い高校には親の収入が高い人が多く、逆に親の収入が低い人でも同じような家庭環境の人の中で極端に進学意識(親からの期待も含む)が強い人だけが入学できている可能性があります。この場合、親の収入の影響が見えにくいデータだけを集めてしまっています。このため、本当は両者に関係があるという可能性を否定できていません。

小まとめ

・さて、学術論文における3つの評価基準について説明してきました。みなさんには、これから論文を読む中でこの評価基準にもとづいて他人(や将来的には自分)の論文を吟味する経験を積んでもらいたいと思います。

・ただし、注意してほしいのは、いずれの評価基準においても完全無欠な論文、というのはありません(書けるとしたら神様だけ)。ここまでは論文には3つの要素があるとだけ述べてきましたが、実際の論文はいくつもの細かな「問いと主張」が組み合わさってより大きな「問いと主張」を形づくっていくので、当然それらの組み合わせの数も増え、巧拙のバリエーションも(よくも悪くも)豊かにならざるを得ません。

・ですから、論文を評価するときにも単に粗探しだけor賞賛だけをするのではなく、「より望ましい組み合わせの可能性はないのか」「どちらの論文の組み合わせが望ましいのか」と評価基準にもとづくグラデーションの中で考えるトレーニングをしましょう。
・なお、「問いと主張」の組み合わせやそこでの論証については、教育制度論の教科書(戸田山和久『新版 論文の教室』NHK出版 2012年)で様々なパターン・問題が提示されています。こちらもぜひ再読してください。

2. 最終レポート

この授業で読む6本の論文のうち、「1.」に示した評価基準に基づいて一番優れていると考えられる論文を選び、その理由を説明する。

締切:8月4日の授業最終回までに提出(提出方法は別途指示する)
論文一覧日本教社会学会『教育社会学研究』に掲載された論文を取り上げます。

1:野村駿「なぜ若者は夢を追い続けるのか」第103集、2018年

2:牧野智和「少年犯罪報道に見る「不安」」第78集、2006年

3:知念渉「〈ヤンチャな子ら〉の学校経験」第91集、2012年

4:秋葉昌樹「保健室における「相談」のエスノメソドロジー的研究」第57集、1995年

5:太田拓紀「教職における予期的社会化過程としての学校経験」第90集、2012年

6:須藤康介「授業方法が学力と学力の階層差に与える影響」第81集、2007年

論文はJ-Stageからダウンロードできます。

3. 授業日程

4/14 オリエンテーション 4/21 論文1を読む(1) 4/28 論文1を読む(2) 5/7 論文2を読む(1) 5/12 論文2を読む(2) 5/19 論文1と2を読み比べる 5/26 論文3を読む 6/9 論文1〜3を読み比べる 6/16 論文4を読む 6/23 論文1〜4を読み比べる 6/30 論文5を読む 7/14 論文1〜5を読み比べる 7/21 論文6を読む 7/28 論文1〜6を読み比べる 8/4 全体のふりかえり

4. 授業の進め方

・次回以降は各回の担当に、話題提供者兼司会をやってもらいます。濱沖は一参加者として必要な時だけフォローするので、ぜひみなさん協力して作業を進めてください。

・各回の担当は前日17時までに、話題提供のための資料を提出してください(提出方法は別途指示)。

・資料には「1.」で示した3つの評価基準に基づいて、「論文にどのような問題があるか(論文を単体で読む回)」「いずれの論文が優れているのか(複数の論文を比較する回)」をまとめてください。つまり、この授業は、毎回の講義を最終レポート作成のための準備にあてるということであり、かつ、報告担当者はその議論の口火を切る&全員の議論を円滑に進める役割を担うということです。

・また、授業中に全体で一つの結論を出す必要はありません。授業時間は「3つの観点に照らしてより多くの問題点を発見する」「いくつかの問題点について、どれがより重要な問題であるか意見交換をする」スタンスで臨みましょう。わずか6本の論文と思われるかもしれませんが、これらについて満足の行く議論をすることさえ時間的に難しいでしょう。言い方を変えると、みなさんは毎回問題が整理できない不全感を抱えて帰ることになると思います。授業だけでは整理できないたくさんの問題を自分の頭で考えること、その結果として自分が先行研究に対して特に引っ掛かりを覚える問題を見出していくこと、そして可能であればその引っ掛かりが適切かどうかを他人の目で確認するために授業、教員や周りの学生をうまく使うという習慣を身につけること。これらは、卒論に向けたトレーニングとしても重要ですし、不全感=先行研究への引っ掛かりはそれ自体みなさんの卒論のテーマ=研究関心になりうるものです。

・比較対象となる論文の数が増えるので、基本的に後半の方が資料作成が難しくなります。評価の高いレポートを作成する準備と考えれば、より多くの論文を比較できた方が良いです。しかし、あくまで授業は準備時間なので、議論を特定の話題に限定するため、6本の論文を万遍なく比較するのではなく、2本だけ取り上げるという判断・資料作成をすることもまったく問題ありません。その場合も、たとえば報告資料に記載のない別の論文が議論に関わっていると他の参加者が判断して授業中に話題にあげることは当然OKです。

5. 授業に参加するにあたっての工夫

・教員からの基本的な要望は「3つの評価基準にもとづいて論文を比較検討し、レポート作成のための議論をしてほしい」ということだけです。

・その上で、この作業に上手に取り組むための工夫をいくつか提示しておきます。

・まずは「先行研究に対する批判」「問い」「主張」を一文程度にまとめてみましょう。実際の論文は3つの要素に関わる細かなパーツの組み合わせなので、いざ一文程度でまとめようとすると、意外とみなさんの意見は合致しないはずです。まずは論文のおおよその流れを把握してからの方が、細かなパーツの良し悪しを議論しやすい(たとえば、より重要そうなパーツの目処をつけやすい)と思います。

・授業中はたくさんメモをとりましょう。授業中の議論は、レポートを書く上で自分が検討すべき問題や考え方にかんする情報収集のために行うと言ってよいものです。「積極的に参加できたけれど1週間後に議論の内容を忘れてしまった」というのでは元も子もないと考えてください。

・上に関連して、報告担当=司会は黒板等を活用しましょう。Zoomの場合もホワイトボード機能を使うことができます。(授業方法については別途相談)

・報告資料とメモをまとめて保管するためにフラットファイル等を活用しましょう。レポートor報告資料を作成する際、あるいは授業の議論において、それまでの回の議論やメモを振り返ることがとても大切になってきます。それらの資料をすぐに見返せるようにファイリングしてください。

6. 成績評価

最終レポート:60点満点最終レポートの評価基準→「真理を修正する強度」「修正しようとする真理の重要度」「特定の主張を採用すべき論証の強度」それぞれについて3段階で評価します。

A評価(20点):5or6本の論文を比較し、特に優れた論文とその理由を説明できている

B評価(15点):3or4本の論文を比較し、特に優れた論文とその理由を説明できている

C評価(10点):2本の論文を比較し、特に優れた論文とその理由を説明できている

報告担当:40点評価基準:締切までに資料を提出できない場合、5点減点

その他、欠席1回につき5点減点。